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2019年05月09日 (木) | 編集 |
まさに平成から令和へのバトンタッチの直前、4月30日夜10時からのNHKスペシャル「平成最後の晩餐」で、「共食・孤食」が取り上げられました。改元という重要な節目に、「共食・孤食」について全国中多くの方々が足を止めて(耳を傾けて?)くださっただろうことに、感謝しています。

❤番組は大きく3部構成、(1)平成30年間のフードシステム等社会の変化に振り回されるように進んだ生活者の食生活の変化、(2)生活者の食事・食卓の実態から生活や社会の変化をとらえ、多様な課題や背景を確認し、多様な課題解決の必要性を確認し、(3)すでに始まっている事例を中心に課題解決の可能性のヒント提案ですすめられました。(2)はこれまで私が直接かかわらせていただいた「共食・孤食」をキーワードにするNHKスペシャルの特徴的な調査手法「食事スケッチ法」が基礎になってか「絵は何を語る?子どもの食卓」のタイトルですすめられました。
直接関係した番組とは、A.「家族全員の1週間食事調査」(1975年)結果等をふまえ、「共食・孤食」ということば(概念)を使って、その重要さを問いかけた調査を基にしたNHK特集「なぜひとりで食べるの」(1981年)、B. Aの17年後の変化や新たな課題を問いかけたNHKスペシャル「知っていますか 子どもたちの食卓」(1999年)、C.高齢(化)社会での多様で深刻な「共食・孤食」問題の解決を試行するNHKスペシャル「65歳からの食卓」(2002年)です(NHKスペシャルは平成元年4月に放送スタート。今年4月30日は2本を放送し、「最後の晩餐」は平成のラストを飾る第3056回にあたります)。

❤番組企画側からの要請に応えて「食生態学」関係から2種の資料提供をしました。
一つは、私が初代の教授(当時助教授)で、40年ほど前から注目してきた「共食・孤食」について研究室総動員で研究と実践を重ねてきた女子栄養大学食生態学研究室(現在は武見ゆかり教授)が、今回の企画に合わせて、坂戸市内小学5年生257人の協力を得て、1999年との比較調査をしました。調査法の特徴は1981年から開発研究してきた「食事スケッチ」調査法と質問票調査の組みあわせです。すでに全国さまざまな年代や食課題を持つ人々への食教育や環境づくりに活用して来た「理想の食事スケッチ」と「現実の食事スケッチ」を重ね合わせて検討する調査方法です(今回の番組では「理想の食事スケッチ」は紹介されませんでした)。
今回調査で、子どもたちの「大人不在の食事」率(夕食)が高くなり62%に及んだこと、食事時にスマーとフォン等を使っている(いつも+ときどき)子どもが20%であり、家族と食事の場所を共有していても、食べる行動を共有しているとは限らない問題点を持つこと等を武見教授が報告しました。

もう一つは、私が事前に担当デレクターからのインタビューを受けた応答です。ここ40年間の研究と実践をふまえて、「食卓」の持つ役割・効用は? 昭和・平成を通じての食生活の変化と背景は? 子どもの食卓の現状が訴えることとは? 等々超難問揃いでしたので、2時間を超えるインタビューでした。当日の番組ではその中の次の部分が、上記②の最後から③への橋渡しの部分で、「広がる格差」「多様な食卓」の見出しを背景に紹介されました。
「共食・孤食への関心がある人が多くなったのになぜ、現実の孤食が増えているか?その理由は?」への応答の一部です。多様な食環境・ライフスタイル・食生活スタイル・健康状態・価値観が複雑に重なり合う中、理由やすすめ方は単純ではありませんが、底流に次のことがあると強調した部分です。
「食事が大事、共食が大事と考えている人が約9割と多くなったことは事実(平成29年度食育白書)、しかしそれぞれに他の大事なことが種々ある中で、食事の優先順位は高くないこと。食事は生きていくために欠かせない、さらに他の大事なことを実現するための基礎としても欠かせないので、これらが絡み合って優先順位が高いと考えられますが、現実はそう考えない人が多い。気が付いていない人が多いのでしょう」
そして、「食の多様化、食・健康・生活等の格差とそれらの連鎖が拡大する中で、共食をどう実現したらよいか?」への応答で、「画一的に良い共食はない。自分(家族やグループ)にとって適した共食を「探し合う」ことが大事だと思います」と。
(当日私も番組を観て)自分(たち)にとって「何が大事か? 何が一番か? 食事はその実現のためにどうつながるか? どんな共食の形がつながりやすいか、適しているか? それを実行できるようにするために、わが家(または自分たちのグループや地域)でやれる方法は?」等々についてそれぞれの気持ちや意見を出し合って、気軽に、繰り返し話し合うことができるのも食事の時、まさに「共食」の時なのです!そして、本来一人ひとりの人間としての尊厳に深くかかわる食だから、「食の多様性を育てること・育てあうこと」場としての食卓・食事・とりわけ「共食・孤食」が大事!…と続けて発言したかった、と悔いが残りました。

番組終了直後から、メールが入りました。「……今日の足立先生の発言で自分が納得できました。自分は食事、特に子どもとの共食をとても大事にしていると自負しているのに、実際には家族のスケジュールや子どもの塾などを優先し、家族が一緒に食事をすることができず、自分の努力が足りないと悩み、自分を責めていました。でも、今日、食事より優先順位が高いことがあっても、それに食事がどうかかわっているかを考えることの必要性がわかり、このことを見落としてきた自分に気づきました。……」等。一方で「発言が中途半端だった。子どもたちの発言を重要視して、現場の具体的な営みに直接関わっている研究者と期待していたのに、なぜ当事者側に立った具体的な発言をしなかったのか」等、厳しいメールも多くありました。

❤今回は担当デレクターからの超難題のおかげで、私にとって大きな発見がありました。
平成の時代の「共食・孤食」研究や実践の成果は何だと考えていますか?の質問です。一般的にはいろいろ列挙することができましょうが、一言でいえば何か、を問われたのです。
一言? 少し大げさですが“「食事観の転換」を人々や社会へ問うたこと”。
従来は栄養素等要素還元を中心に評価し、行動・活動目標等設定へと進むやり方が主流でした。「共食・孤食」の視野・視点は食事を食べる人やその環境も含めた食事の営みそのことを全体俯瞰し、必要に応じて要素分析結果をとりこんで再度全体俯瞰で統合した評価を試み、行動・活動、評価、次の方向へと進む食事観への大転換をもたらしたこと、と考えます。少なくても前者だけでなく、後者との双方向からのアプローチの必要性を社会に問いかけた、と言ってよいでしょうか? 
しかも平成では、「共食・孤食」重視を含む全体俯瞰型の食事観が(昭和期には個人的・小グループの“願望やもがき”に留まっていましたが)仲間の輪が全国的に広がり、関連学会等でも研究成果が評価され、食教育や活動の実践現場に取り入れられ、2006年「食育基本法」をばねに、平成の後半では、全国的に教育や行政の理念や活動枠組みにとりあげられ、行動目標や評価目標にも使われ、いわば常識的に扱われるようになりました。その速さに、最初の発題・提唱者としては感謝の気持ちと、方向を間違わないようにという心配とが複雑に絡んでいます。

❤令和への宿題
「共食・孤食」についての急速な普及は、一方で基本的で最重要の問い“「共食・孤食」について、一人ひとりが人間らしく生きる、それが可能な社会・環境との共生にとっての意味”の吟味が充分でないまま、積み残されがちで、後回しになっていることの危機感を伴っています。私は“「共食・孤食」問題が形骸化していることを心配している”と言っています。この内容の吟味なしに、環境、文化、生活、食スタイル・健康・価値観等の多様化に対応する、それぞれの人にとって望まれる共食・孤食のあり方についての検討も進まないと思います。大きな宿題です。

今、「多様な共食・孤食を育てる」(仮題)で、40年間国内外各地でさせていただいた調査結果や理論構築を見直し、上記の宿題を少しずつ解いていくプロセスの1冊を書き始めていますので、今回の「平成の最後の晩餐」は課題の多い、おいしい晩餐になりました。


2019年03月29日 (金) | 編集 |
そろそろ1年近く、ブログにご無沙汰をしてしまいました。私の「ブログに書きたいこと」の宝箱の中はギューギュー詰めになるほど、メモや資料が溜まっているのですが、落ち着いて書くことができない日々が続いてしまいました。今日は久しぶりです。

農水省の食育教材の一つ「『食育』ってどんないいことがあるの? ~エビデンス(根拠)に基づいて分かったこと~ Part2」(平成31年3月)が公表されました。全文をダウンロードして読むことができます。

今、行政や教育、とりわけ食育推進の行動目標や評価指標のキーワードの一つになっている「共食・孤食」について、1000件近くの論文を丁寧に読んで分析した結果をまとめた、大力作です。1977年頃から、人間らしい食事の要件の一つに、「家族と一緒に食事を食べる」ことを提案してきた者として、とてもうれしいことです。当時は「誰と食べるかは栄養学や学問の対象に入らない」と学会で変人扱いをされた頃からすると、夢のように、うれしいことです。いろいろの場で活用できると思います。

しかし、この冊子で取り上げた論文は「自然科学系の科学論文レビュー」のルールに従っていますので、限定された学会誌だけで(大学の研究紀要、報告書、著書等は含まれていない)、さらに2000年1月~2018年9月30日の間に公表された論文なので、共食・孤食論が激しくたたかわれた時期を含んでいません。したがって、自分が知りたい内容や方法については、関係する他の著書や論文と組み合わせて読むことが必要です。私の著作や論文で例を挙げれば次のようなものが役に立つかもしれません。

1)いつごろから、なぜ、人間の日常生活にとって、共食・孤食が問題になったか?どんな問題を含んでいるのか?どうしたらよいのか?いろいろの考えの中で。
○足立己幸、NHK「おはよう広場」班.なぜひとりで食べるの. NHK出版;1983.
○足立己幸、NHK「子どもたちの食卓」プロジェクト. 知っていますか 子供たちの食卓. NHK出版;2000.
○足立己幸、松下佳代, NHK「65歳からの食卓」プロジェクト. 65歳からの食卓. NHK出版;2008.

2)多様な共食・孤食の実態と、問題点、それへの取り組みの経過
○足立己幸. 共食がなぜ注目されているか―40年間の共食・孤食研究と実践から.
名古屋学芸大学健康・栄養研究所年報.2014;6(特別号):43-56. https://www.nuas.ac.jp/IHN/report/pdf/06-2/05.pdf

3)共食・孤食の定義をめぐって
○足立己幸. 家族と“食を共にすること”共食の大切さ.内閣府食育推進室. 親子のための食育読本;2010.13-21 http://www8.cao.go.jp/syokuiku/data/textbook/index.html、
○足立己幸.新しい“共食”観を求めて~多様な“共食”をしなやかにとらえ、発信する.食生態学―実践と研究.2014;7:2-7. 他

2018年05月18日 (金) | 編集 |
病から何度も立ち上がって(立ち直って)明るく生きる勇気をたくさんの人々にくださった西城秀樹さんに、哀悼の気持ちを捧げます。
私は個人的には特別の関係がありませんでしたが、一方的に(片思いで)、さらなる感謝を申し上げている一人です。
食欲の形成、その食物行動へいたる概念図作成に悩んでいる頃、発想転換の得難いチャンスをいただきました。
食欲は生理的な状態変化を出発点に、さまざまな情報等を得て心理的、社会・文化的条件の影響を受けながら、摂食行動の方向を決めていくことが通常だと単純に考えていた私に、まったく逆の方向、情報受信→精神的な欲求等の触発→生理→心→行動……と進むことがあること、これはより内発的に、積極的に、直接的に具体的な食物選択行動に突き進むことが少なくないことを、教えてくれたのでした。

今年、53歳になる長男が小学3年のころの出来事です。
誕生日に友達が集まってお祝いをしてくれる時に、「ごちそうは何にしようか?」と問うと、即座に「カレーがいい」。カレーライスは私にとって玉ねぎを丁寧に炒めて作る自慢料理でしたので、さすが我が息子とうれしくなりました。
ところが続けて即座に「ハウスパーモンドカレーだよ。ずーっと食べたいと思っていたんだ!」私は愕然としました。
お誕生日はその子の好きな料理で祝うが、家族の約束事でしたので、仕方なく了解したのでした。
長男は、西城秀樹さんのコマーシャルソングをフルコース踊りまくって喜んだのです。
我が家にはありませんでしたので、子どもたちで買いに行き、誕生会は“西城秀樹”でした。
もっと驚いたのは「やっぱり、おいしいね」の連発だったことです。

毎日繰り返し、放映される魅力的な歌と踊り、友達もみんな知っていて、一緒に踊れる……。
スーパーマーケットではその音楽や広告の前、すぐ手の届くところに“実物”山積みしている。
それをかごに入れ、カウンターで代金を支払い、祝い膳の真ん中に登場した“西城秀樹のハウスパーモンドカレー”だったのです。

食生態学の基本的な概念図の一枚、「食欲の形成と食物選択・食物選択要因の形成の循環図」に、「提供される食情報」を明記し、もう一枚「人間・食物・環境のかかわりの循環図」の右側からの「フードシステム」と、左側からの「食情報システム」の各拠点に双方向の矢印をそれまでよりも太めに追記したのでした。
さらに一人ひとりの食体験の内身として(それまでは、食物を食べる体験優先に考えがちでしたが)内発的に積極的に選択的に進む食体験に「食情報の受信・発信・交流」を刻み込んだのでした。

その後、マレーシアで開催されたFAOのワークショップのスピーカーに招へいされた時に、上記の食環境の図は食情報の位置づけが明快だと、と座長からほめていただき、そのような考えを導入したきっかけについてと質問を受けました。
今なら国際的に高名な西城秀樹さんですから、上記の話をすることができるでしょうが、当時は、回りくどく他の事例で回答したことが悔やまれます。

あらためて、西城秀樹さんへ感謝し、冥福を祈ります。

2018年05月11日 (金) | 編集 |
総説のテーマが少し(いや、かなり)長いのですが、書きたい内容をそのままテーマにしました。

栄養・食教育の枠組み「料理選択型栄養・食教育」、主教材「食事の核料理(主食・主菜・副菜)を組み合わせる」・「3・1・2弁当箱法」による食事法:
1970年代からの食生態学研究・理論・実践の環をふりかえり、現在の栄養・食問題解決の課題を問う

内容や表現法を十分に吟味できないままの総説で、恥ずかしい限りですが、試行錯誤のプロセスをそのまま書いた全文を読んでいただくのが最良です。名古屋学芸大学健康・栄養研究所年報第9号に掲載されています。

身の程知らずに、82歳という年甲斐もなく、40年以上の間思策してきたことをそのまま書いたので、失礼なことも多々あるでしょうが、お許しください。
また、本総説では自分(達)自身が直接携わった研究・理論・実践の環(実際は実践・研究・理論・次の実践の環の順序)の事例を中心に書きました。
いわば、「食生態学」を視座に据えた自分(達)史のようなものです。関連する他の研究者等の研究・実践成果の活用に至っていません。
これらについては続編として次の段階でまとめたいと考えています。
本総説で、再確認したこと、新たに加筆した概念や定義、現在直面する緊急課題への対応等多くありますので、ぜひ、事実認識の違いやミス、意見、新たな課題等お聞かせいただきたく、お願いいたします。
課題のいくつかを挙げておきます。順不同です。

①(「目的と背景」に書いたように)現在全国中、栄養・食・健康関連の教育や行政で、食物選択の行動目標や評価指標として「主食・主菜・副菜を組み合わせる」食事法が使われている。
この学術的な論拠は、私の保健所栄養士時代の悩み(いわゆる研究成果が実生活の問題解決に役立ちにくい悩み)に端を発し、現場で蓄積してきた実践や研究報告等を、食生態学の視座で総括した論文、「料理選択型栄養教育の枠組みとしての核料理の構成に関する研究」(足立己幸.民族衛生.1984:50:70-107)にあるとされている。
しかし、すでに30年以上を経過し、食環境・食生活スタイル・健康状態や食事パタンは大きく変化し、かつ多様化がすすみ、とりわけ、経済格差・教育格差・健康格差・食格差等とそれらの連鎖が拡大し、深刻化する今だからこそ、本研究の出発からの願い、「誰でもが理解しやすい、実行しやすい、共有しやすい」食事法が必要になっている。
「何をどれだけ食べたらよいか」はだれでもが食べる時に直面する食物の形態である「料理」をどう選択し、「食事」にするかの方法、すなわち「料理選択型栄養・食教育」なら可能に思う。今こそ、出番到来のタイミングだといえる。
しかし、一皿盛り、丼物中心の食事スタイルの日常化が多い中でも「誰でも理解しやすい、実行しやすい、共有しやすい」ために、どう対応するか?

②解決策の一つは、食材料選択や栄養素選択に分解する昔ながらのほうほうがよいと考えられ、実行される場も少なくない。
これでは、究極的には「必要と考えられる栄養素の混合物」や、調理をしない人には理解しにくい「食材料群別重量表示」に分解する方法への逆戻りで、味も香りも形も見えない「モノ」の選択になる。

③私は、[日本の伝統的な食事文化として、実生活の中で育ってきた「主食・主菜・副菜を組み合わせる」食事法が栄養学的に有効である]という仮説で出発した検証結果を基礎に料理選択型栄養・食教育を提唱し、その主教材としての「主食・主菜・副菜を組み合わせる」や「3・1・2弁当箱法」による食事法を提唱してきた。
が、今流行している「1食分を全部大皿へ盛り合わせた皿盛りや」や丼物主流の新スタイルで、どのように活用できるかを検討している。
世界中が高く評価している日本型食事の特長は、個々の料理の美しさやおいしさだけでなく「主食と主菜と副菜を組み合わせた1食」という「食事の組み立て方」にあるのだから。

④これらの課題解決には
❶あいまいなまま使われている食生活のキーワードである食物、料理(主食、主菜。副菜も)、食事、食生活、食環境、食などの概念規定(定義)を学術的にも検討し、全国的にも関係者で共有できるようにすること。

❷「何をどれだけ食べたらよいか」の回答は「主食・主菜・副菜を組み合わせる」だけでは解答にならず、「3・1・2弁当箱法」による食事法のように,適量を知る食事法との合体で完結できること。

❸しかし、「3・1・2弁当箱法」は食物量を容積で量る「升」の役割に過ぎない。
または年代を超えて使える適量の目ばかり力形成の、身近な道具である。だから、弁当箱を使って食物量を確かめた後に、いつも使っている食器等に盛り直してはじめて「食事」になる!!

➍残されている大事なことはひとり一人の多様な個性、心身の健康状態、ライフスタイルや地域の特徴を生かし、特徴を育てる食事法や食事づくり法を自由に、いきいきと開発することだ。
すでに、各所でこのレベルでの実践が個々に行われているので、これら展開の法則性を明らかにし、かつ「誰でも理解し、実行し、共有できる」楽しい方法の開発である。

⑤これからは、前項②の課題解決のためにも、➃の➍の方法開発、その根拠となる研究、その結果の生活現場での検証、だれでも自由に活用できる理論化の「環」がうまく回るようにしていかねばならない。
そのためには特定部分に固執する前に、人間の食事の営みや地域の食の営みを全体俯瞰する力とセンスが必要になる。

書ききれないので、ぜひ、全文を読んでいただき、討論・会話をしたいです!

NPO法人食生態学実践フォーラムの総会研修会[6月3日(日)13時から]本資料を基に基調講演を行います。関連する実践事例を加えてのシンポジュームを開きますので、ぜひ参加し、討論の輪に入ってほしいと願います。

2018年01月26日 (金) | 編集 |
共食、孤食については1970年代の後半「人間らしい食」を研究模索しつつ実践する「食生態学」の創設期からこだわってきた。「何を食べるか」だけでなく「どう食べるか、とりわけ誰と食べるか」が食事内容や食べた結果に直接影響するなど課題が大きいことを明らかにした。
この時に、家族と一緒に食事をすることを「共食」(キョウショク。トモグイでない)、ひとりで食事をすることを「孤食」(はじめは「ひとり食べ」。しかしカタカナが入る学問分野には公的研究費が出せないといわれて、仕方なくコショク)と名付けのであった。
その後、紆余曲折・試行錯誤を経て、いま共食は「健康日本21」(第2次)や「第三次食育基本計画」を始め多分野の行政や教育分野で行動指針・評価指標等にとりあげられ、全国的に関心を持つ人も多くなっている。
しかし、実行には至らないケースが多く、1週間に1度も家族と一緒に食事をしない小学生が15%以上を占める深刻な現状も報告されている。
成長期の心身の形成に及ぼす、取り返しのつかない負の影響などを心配する私たちに、「受験が終わったらちゃんと一緒に食べるから大丈夫」とか「うちは親子の話し合いの時間を決めて実行しているから、食事の時には必要ないから心配ない」等子どもたち自身が説明をしてくれる現状を含めて、共食・孤食をどうとらえ、日々の生活に位置づけていくのかに未解決の課題が多い。

一方最近、食・健康・教育等からやや離れているように見受けられる分野から、共食・孤食の取材が増えている。
「建築知識」2018年1月号の創刊60周年記念特集―100歳までヒトが元気に長生きできる住まい―もその一つ。若い男性Y記者の基本課題を直撃する質問がメールや電話で繰り返される熱意に負けて、11月のある日小さな喫茶店で取材を受けた。
メールでたびたび「家族との共食頻度にこだわる人は多くなったが、共食の質が低くなっていると繰り返されていましたが、「共食の質」とはなんですか?」だった。
私が積み残して悩んでいる課題に、直球の質問であった。
取材の終わりに「使えるページは見開き2ページだけなので、今日伺った話をイラストで描きたいです」と。もちろん大賛成した。イラストレーター・Y記者から素案を見せていただき、共食のコンセプトに直接触れることや事実関係のチェックをさせていただき、数回のやり取りの結果、この素敵なイラスト(力作)が掲載された。

共食イラスト平井さくら
出典:建築知識2018年1月号 創刊60周年記念特集「100歳までヒトが元気に長生きできる住まい
イラスト:平田さくら

たくさんの間取り図やそのバックデータ満載の1冊の月刊誌の中に、ひときわあたたかい食事風景が1ページ(A4版)の半分を占める大きさで、描かれており、その「問いかけ力」に感じ入った。
特に左下の「しーん これは共食?」という貼り付け風の小パーツである。
右上部のイラスト、家族それぞれのやり取りがあたたかく交わされている食事に対して、小さな貼り付けでは、同じ人物が同じ食卓を囲んでいるのに、それぞれに別のことをしながらの食事である(家庭内だけでなく職場やその近くで仲間と食べる昼食も同じ状況がある……)。
このあたたかいイラストが、さりげなく「あなたはどれ?どちらにしますか?」と問いかけてくる。
「この間にもいろいろある……」と。
イラストなので、共食と孤食の間にあるだろうたくさんの食事の姿、それぞれの背景やプロセスを含めて見通せないほど奥行き深く、広い食事の営みがあることも問いかけてくる。

実は私たちが食生態学を視座に進めてきた共食・孤食研究・実践方法の特長の一つに、1980年代の初めから食事調査法「食事スケッチ法」を開発して活用していたことがある。
一般的に食事調査は栄養素摂取状況把握を中心にすることが多いので、食べた食物の種類や量の正確さを優先するために、子どもたちの食事調査の場合でも、食事の準備に関わる母親や保護者が回答者であった。
しかし、その食事が食べる人自身にとって良かったかどうか、どんな問題が潜んでいるかを確かめたい、内的心的な状態を具体的に知りたい目的であることから、心理学分野等で使用されている描画法にヒントを得て開発したのであった。
「昨夜はどんな食事でしたか?食べた物も一緒に食べて人も描いてください」と発問し、当人がスケッチで回答する方法だ。過去の振り返り調査や、「こんな食事にしたい」という理想の食事調査にも展開して活用した。調査の質を高めるために、10問程度の質問紙調査を加えており、さらに、さらに描かれた食事スケッチを当人と共有し、インタビューでの確認をする方法である。描かれた食事スケッチの、一枚一枚が描いた人の気持ちと現実の行動の間等、無数に近い色合いを表現しており、調査者の視野を超えたさまざまな問題点を浮き彫りにしてくる。そのスケッチを広げて、当事者と専門分野の知識やスキルを重ねながら「私は何をどのくらい、どのように食べるといいか、合っているか」の答え探しをすることになる。

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イラストが問いかける共食と孤食の間の間の間や、気持ちと現実の間の間を見落とさないで「人間らしい食事」の答え探しをしたいです。